Let it BEAT?

バトントワーリングを広く世の中へ 佐々木敏道のブログ

2016年イギリスの流行語大賞”Post truth”に思うこと。

   

毎年12月に日本ではユーキャンが新語・流行語大賞を発表しており、2016年は『神ってる』が受賞しました。
ネットスラングを語源とし、若者の言葉として広まったものを、広島カープの緒方孝市監督の談話で使われたとのことでしたので、ふと息子に聞いてみたところ、
「たまに使うで。」…ジェネレーションの荒波をバタフライで乗り越えたところです。
あ、バタフライはそっちじゃなくて側宙っぽい技の方。

dassel / Pixabay

日本だけでなくイギリスでもオックスフォード辞典が毎年11月にWord of the year (流行語大賞)を発表しています。
そして、輝け☆2016年のWord of the Yearは

“Post truth”

そうか!時代はSNS戦国時代…さまざまな嘘情報のあふれる現代において真実をポスト(投稿)しようぜ!ってことか。そうだ、それに違いない!。。。って別に大したこと言ってなくね?ってなった私。実際はもっとややこしい内容でした。

“relating to or denoting circumstances in which objective facts are less influential in shaping public opinion than appeals to emotion and personal belief”
Word of the Year 2016 is…

グーグル先生っ!

『客観的な事実が、感情や個人的な信念への訴えよりも世論を形成することにあまり影響を与えない状況に関連している、またはそれを示す。』

なるほどっ!さすが先生!わけわからんっ!

要するに、客観的な事実<感情&信念ってこと。
この言葉は、EU離脱やアメリカ大統領選関連の政治的な主張でよく使われたようです。

脊髄反射的に日本って平和な!って思ったけれど、いやいやいや。

前回2015年のword of the yearは、

“Face with tears of joy”
うれし泣きの絵文字だったことを記しておきます。
絵文字て。

 

私がイギリスの流行語に共感した理由

『全日本頑張ってる協会』という歴史の長い団体が(私の脳内に)あります。
この団体が設立されたきっかけは、頑張ってると思う人を応援したい!でした。
会員の皆さんは、頑張ってる人が好きです。実力のあるなしに関わらず一生懸命な人を評価します。

1.設立からしばらくして最初の変化が起きた

当初は『自分に厳しく、他人に優しく』が基本理念でしたが
時代とともに頑張ってる自分も認めようという気運が高まりました。
頑張ってる人、の中に自分が含まれるようになったのです。
方向修正により協会の会員数は大きく増えました。

ここまでは、何ら問題はなかったのですが…

2.時代は流れて

頑張っている人、は誰でもいいわけではなく、自分が頑張っていると思う人になります。
さぼっていたけど、頑張り始めた人。私のやりかたについてこれる人。
といった価値基準が導入されると、普段から頑張っている人や、やりかたに異を唱える人の価値は下がってしまいました。
それでも、頑張っている人を認めてはいるわけですから、依然として会員数は少しずつ増えました。

協会の方向性に若干疑問が生まれ…

3.そして、現在

協会内での頑張ってる、の価値が暴騰しました。
私の好きなやり方で頑張ってる自分および他人は、過去~現在の失敗が無条件に許されるようになりました。
頑張ってる出来事とは無関係のものにまで適用される、なんでもありな協会へと変貌しました。

当初の目的や理念を外れ、とうとう私の大嫌いな団体になってしまいました…
『頑張る』ことは、素晴らしい。向上しようとすること、それ自体は人の持つプラスのエネルギーです。
頑張った→高評価→あの人はすごい人だ→だから間違ってはいないはずだ。
最後の一文さえなければ、私にとって頑張ってる協会の存在意義は今もなお大きい。

Post truthは、事実よりも印象の方が重視されることを言います。
頑張ってる協会は、頑張ってる印象で事実を上書きします。

事実<感情という点で、私には共通のものに見えたのでした。

 

「頑張ってる人」という何気ない評価にもやもやする

頑張っていることと、人間性とは別ものです。
自然体の人格者も、一生懸命な犯罪者もいます。
能力の高い人=人格的に優れている人とナチュラルに誤解している人の多いこと。

たくさんの「あのひと頑張っているから」を聞きました。
そのたびに私は思います。

『頑張ったら何だって許してもらえるの?』

こどものときは、経験や責任のなさを理由に許してもらえました。
分別のないこどもを導いてあげるのは大人の役割であり、責任です。
ならば、分別のない大人は?

『爆買い』(2015)や『神ってる』(2016)よりも断然わかりにくい”Post truth”の方が、私には重要に思えたのでした。

 - 日々の徒然

        

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